久しぶりに、しっかり本を読みました。
本を読むといっても情報収集の書籍と、知識を必要とする本に別れると思います。
大ヒットしたこの2冊はなかなかの内容です。
1回の通読ではなかなか真相に触れるのは難しいです(僕には)
(当然ですね哲学書的なわけですから、、、。)
1、自分の課題と他者の課題を切り離して考える。
2、他者の目になり、耳になり、他者の心で興味をもち共感する。
3、尊敬の定義を再確認すること(ありのままに他者を受け入れること)
そしてストレスの一番の原因は対人関係であるとともに、
喜びの一番の原因も対人関係であること。
社会的に「自立」すること。
そして幸せになる勇気とは、、、幸せになるための選択とは?
とは、、、
とは、、、
これはネタバレになるのでぜひ一読してみてください。
過去は存在しません。あるのは今のみ。
今が過去を決定しているという立場に立っています。
少し心当たりがある方もいるかもしれません。
今の自分がこうなってしまったこと、こういう生活、こういう環境を送るのは
過去にこういった出来事があったからだ。と。
例えば、過去に犬に噛まれた。だから今、犬が嫌いで朝外を歩きたくない。
という原因論を、
目的論として捉えて、
朝外を歩きたくないという目的があって、それを肯定するために過去に犬に噛まれたからだ。と考察するのです。
友達に嫌われたから家に引きこもっている。という原因論から、
家に引きこもりたいから、友達に嫌われたことを理由にしていると考察します。
アドラー心理学としては△の円錐の紙を用います。
正面から見るとその△の円錐は2面しか見えません。
その2面には、「あの人への悪口」・と「かわいそうな私」が書かれています。
おおよそ、人はこの内容で他人と会話します。
そうして刹那的な癒しを求めています。さらに症状が悪化すると
いっときの治癒が依存という形になっていきます。
また、例えば教育者が教え子から「先生のおかげで卒業できました」と言わしてしまうのは教育者として失格だと。
このあたり、うまく読破しないと誤解されてしまう様な内容がありますから難しい書籍です。
さて、
そこで正面から見えないもう一面にはなんと書いてあるでしょう?
そこには、、、
「これからどうするか」
と書かれています。
本当の友人ならばここの会話をしなくてはなりません。
そしてその友人を尊敬し、ありのままの友人を受け入れ必要ならば自立の援助を行う。
ニヒリズムでもなんでもないのですが、究極人は別れるために出会います。
そして最後に、迷える青年と哲人の会話が終わり、夜が開けてしまいます。
そこで哲人が青年に向かって言うセリフがなんとも大人なのです。
「あなたは、もうここに来る様な若者では、、、
だから、、、」
「私が求めていたのは弟子でも、なんでもなく、、、
〇〇なんでした。」
久しぶりに頭を使う文章を読んで、思い返しながら書いてみました。